インターハイが史上初めて中止となった2020年。
京都ではいち早く8月に、最後の大会を失った高校3年生を救済するための卓球大会が開催された。大会は、無観客ながらも全試合ライブ配信を行うという独自の“京都モデル”での実施となった。
その中心にいたのは、名門・東山高校卓球部の宮木操(みやきみさお)監督だ。
写真:「成功させよう!京都モデル」のオリジナルTシャツ/撮影:ラリーズ編集部
東山は、言わずと知れた伝統校だ。7度の全国制覇、大島祐哉(木下グループ)や笠原弘光(シチズン時計)らを筆頭に400名以上のOBを輩出してきた。
「強化だけでなく普及も大事」。
インターハイ常連校を率いながらも、卓球界全体を考える宮木監督の言葉が印象的だった。今回は、東山高校卓球部の練習にお邪魔し、宮木監督に話を聞いた。
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強化と普及は両輪で考えるべき
写真:京都府下の高校が参加し、熱戦を繰り広げた京都夏季大会の様子/撮影:ラリーズ編集部
――8月に京都府全校の高1~高3が参加できる総体代替大会を開かれました。コロナ禍に私立の強豪校だけでなく公立高校も参加し、さらにはライブ配信も行うという“京都モデル”での実現でした。
宮木操監督(以下、宮木):インターハイがなくなって、少なくとも3年生を救済する試合をできないかと思っていました。「3年生だけでなく、1、2年生も試合をやらせてあげたい」と各校の先生方が言ってくれて、公立校含む全学年が参加できる形式になりました。
強いのも大事です。しかし、強い学校は全体の2割ぐらい。残り8割は公立校などの一般プレーヤー。でもそういう選手らが、卓球の裾野を支えてくれるから強い学校が目立つ。
例えば、卓球人口が増えて、今卓球が流行ってるなら、卓球をやらせようとかやってみようとかに繋がる。大多数の選手のことを考えなかったら、卓球は廃れてしまう。強い学校のことだけ考えていたらダメなんです。
写真:京都府の2強 東山高校、龍谷大平安高校の部旗/撮影:ラリーズ編集部
――強化だけでなく普及も大事という考えはいつから?
宮木:京都府高体連卓球専門部委員長になったここ10年ぐらいの話です。立場が変わると見えるものも違った。強い学校のことばっかり考えていたらダメだ、と。
いずれどこかで自分のところに帰ってくる。そのためにやってるわけではないですけど、今回のラボライブでのライブ配信も「試合を観たい方にどうにか届けられないか」という発想に、みんなが賛同してくれた。
強化と普及は両輪で考えていかないといけない。
写真:東山高校の宮木監督/撮影:ラリーズ編集部
説明して理解させてから練習をやりこむ
写真:東山高校の練習環境/撮影:ラリーズ編集部
――強化の部分だと、東山卓球=オールフォアのイメージがありました。
宮木:そこには東山卓球部が中高一貫でないことが関係してます。今の全国上位校はほとんどが中高一貫で指導している。逆に東山に来る選手は、入学から高3のインターハイまでの2年4ヶ月で、中学から鍛えられてるトップ層と勝負しないといけない。
写真:間近で指導する宮木監督/撮影:ラリーズ編集部
さらに東山に来るのは、全中で1、2回勝ったくらいが御の字。だからまずは基礎力の質を上げる。卓球は、まずは動いて打てることが大事なので、入学して一番最初は徹底してフットワークとフォアハンドをやります。それがオールフォアのイメージと言われる所以ですね。
でも、闇雲に練習させるのではダメ。2年と4ヶ月で勝負しよう思ったらやっぱり理解させないと。
写真:練習中には細かい対話も/撮影:ラリーズ編集部
例えば、打球する時、ラケットに何秒間ボールが当たってるか知ってます?
――0.01秒くらいでしょうか…?
宮木:0.01秒!?違う違う。7/10000秒、つまり0.0007秒。
写真:東山高校卓球部の宮木監督/撮影:ラリーズ編集部
つまり、僕らの感覚だと、基本的には当たった瞬間にボールはすでに飛んでいっている。そうすると、インパクトの瞬間ではなく、「インパクトをどういう風に迎えるか」を考えないといけない。
上手い選手の場合、ボールがラバーに対して斜めから入ってきて、斜め下にラバーが引っ張られて、元に戻ろうとする復元力でボールを飛ばし、ゴムが2回半しなる。だから、スイングはここで前腕使って…と説明する。こんな風に「フォアハンドをどう打つのか」から理論立てて説明してから練習させています。
写真:東山高エースの星優真/撮影:ラリーズ編集部
――イメージと全然違う理論派でした。とりあえず練習をやり込んでいるのかと(笑)
宮木:もちろん練習はやり込みます。説明して理解させてから練習をやりこむ。で、試合を終えて今までの練習が良かったのか悪かったのか、足りないものは何かを見つける。またもう1回検証して、実践して、試してみて、またやっての繰り返しですよ。
理詰めで説明して、理解させて納得して取り組ませる。これが東山スタイルです。
写真:多球練で監督自ら球出しをする場面も/撮影:ラリーズ編集部
――練習前のミーティングは、その説明と理解の役割があったんですね。
宮木:僕らは「小ミーティング」と呼んでます。小ミーティングは基本的に回数が多いです。
例えば「打球点の早い卓球をやる」など、全員がバラバラな練習をやりながらも、その中でもチームで共通のキーワードを作っています。そうすると、自分は何をやらなければいけないかを分かった上で、共通の目標がある。それを1コマ練習して休憩のときに気づいたことを話して、意識して徹底させます。
写真:東山高校の小ミーティング/撮影:ラリーズ編集部
大事なのは「どんな選手を育てたかではなく、どんな人物を輩出したか」
――部として他に大事にしている指導方針はありますか?
宮木:今井良春先生(※)によく言われたのは「人を育てなさい。東山に求められるのはどんな選手を育てたかではなく、どんな人物を輩出したか」ということ。上手い技術を教えても、技術を活かせるかは人間力。ましてや、ここ一本欲しいときは人間力がものを言う。
※東山高等学校卓球部名誉監督。同校卓球部を60年連続インターハイ出場に導き、常に全国上位を争う名門に育て上げた。
写真:今井氏が作った東山十訓 「立派な選手は立派な心理学者である」など大切にする考えが刻まれている/撮影:ラリーズ編集部
人を育てるためには、いろんな話をしないといけない。だから卓球だけではなくて、政治、経済、歴史の話も。今、東山卓球部は下宿生が多いから特に大人と喋る時間が少なくなっているから特にこちらから話してあげるんです。
写真:ミーティングでは剣道を引き合いに出し、スイングスピードの話が行われていた/撮影:ラリーズ編集部
行き着くところは、「人を育てる」ということ。
卒業して大学に入るとキャプテンだったり、チームをまとめる立場になったりするOBが多いのは、そこも関係してるのかなと思うんですよね。
写真:OB寄贈の卓球台も練習で使用されていた/撮影:ラリーズ編集部
――大島選手や笠原選手ら、東山OBは大学でも活躍する選手が多いイメージです。
宮木:考え方の根本がしっかりしてるから大学でも楽な方に流されないんでしょうね。
笠原(弘光)でもそう。普段ちゃらんぽらんやけど(笑)、考え方の根はしっかりした部分を持っているから、31歳でも第一線で卓球やっている。
写真:今も日本リーグでレギュラーとして活躍する東山高校OB笠原弘光(シチズン時計)/撮影:ラリーズ編集部
大島もそう。大島が世界選手権出たときに「僕は高校卒業したときに、大学4年間で絶対世界選手権の代表になると目標を立てました」と言っていた。
大島は目標から逆算して何が必要か、そのために練習をどれくらいしないといけないか、理詰めで考えて、計画を立てていくことができた。高校時代から。
写真:大島祐哉/撮影:ラリーズ編集部
おかげさまで「東山のOBは卓球をよく知っている」みたいなことを言ってもらえる。そこに今度は上のレベルにいって経験を積むから、さらに色んな事を吸収する。その話を聞いてまた僕らも勉強になる循環ですね。
普及という意味でも東山が頑張らないといけない
写真:東山高校の練習環境/撮影:ラリーズ編集部
――「強化と普及」を念頭に置きながらも、東山の次なる目標は?
宮木:もちろん全国制覇。やっぱりやってる以上はインターハイで優勝しないと。強化はもちろん、普及という意味でも、中高一貫のエリートばかりの中で、東山が頑張らないといけない。
写真:大島祐哉(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部
話は少し変わるけれど、大島が帰ってきてたときは「お前が頑張らなあかん」とよく言っていた。これまでの世界選手権代表は小さいときからのエリートばかり。高校からポッと出て、世界選手権代表になったのは大島くらい。
小さい頃からのエリートは一握りで普通のプレーヤーが大多数。だから大島が頑張れば「頑張ったら大島さんにみたいになれるかもしれない」という希望を与えられる。
エリートを取り上げるのももちろん大事だけど、そこにもスポットを当ててあげて欲しいね。
――卓球の普及を考える我々にとっても響くお話でした。ありがとうございました。
東山高校卓球部は、強化と普及の両輪を回し、これからも天才たちに立ち向かい続ける。そんな“努力の天才”たちに今後もスポットライトを当てていきたい。
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写真:笠原弘光(シチズン時計)/提供:笠原弘光
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