写真:2019ハンガリー世界選手権での現地レストラン(BIWAKO)スタッフと飯野直美先生(写真中央)/提供:本人
卓球インタビュー 卓球選手躍進の裏に“栄養士の徹底サポート”あり 選手を「食」で支える仕事とは
2020.09.19
2021年に延期となった東京五輪で、卓球日本代表は2週間で男女シングルス、混合ダブルス、男女団体戦を戦う。唯一の3種目出場の伊藤美誠(スターツ)は、全試合決勝まで進むと10試合以上を五輪の舞台で神経をすり減らして真剣勝負を行うことになる。
過酷な連戦の疲労回復に欠かせないのは睡眠と食事だ。今回Rallysでは「食事」にフォーカスし、日本卓球協会でスポーツ栄養を指導する公認スポーツ栄養士の飯野直美先生(群馬県安中市立安中小学校)に話を伺った。
実は飯野先生は世界卓球スウェーデン大会に帯同し、“陰のMVP”と選手から評判となった豊富な味のバリエーションのおにぎりを補食として提供した張本人だ。日本卓球界を食の面からサポートする飯野先生を直撃し、「卓球界での栄養士の仕事」に迫った。
>>なぜ男は、卓球全日本チャンピオンから餃子屋になったのか<野平直孝・前編>
試合後には早めに食べてリカバリー
――まず、飯野先生は何がきっかけで卓球界の栄養指導を?
飯野直美先生(以下、飯野):高崎健康福祉大学2年生のとき、日本卓球協会で栄養サポートをされている木村典代先生が着任されました。元々スポーツ栄養士を目指して大学に進学したので、すごく嬉しくて、すぐに「スポーツ栄養をやりたいです」とお話して、4年生で木村先生の研究室に入りました。
研究室でスポーツ関係の栄養指導をさせてもらい、大学院でも木村先生のところでお世話になりながら卓球協会のお仕事をお手伝いさせていただくようになったのがきっかけですね。
――卓球界での栄養サポートをやってみていかがでしたか?
飯野:最初に行ったのが中学生の合宿だったので、中学生でもすごく声を出して練習しているのが印象的でした。
写真:国内研修合宿で栄養講習を行う管理栄養士・公認スポーツ栄養士の飯野直美先生/提供:本人
――中学生の合宿ではどのようなことを?
飯野:講義と食事の時のアドバイスやチェック、補食の取り方などを指導します。講義はこんな風にお皿を揃えると栄養バランスがよく摂れるなどの基本編から、試合時は何を食べたら良いか、成長期に必要な栄養素についてなど応用編まで行います。
それから、海外の大会だとジュニア選手は1日に7~8試合、夜10時くらいまで試合しています。大事な試合が最後に残っているのに、どんどん疲れていくのをリカバリーするためにも、試合後には早めに補食を食べた方が良いことなどを伝えます。
写真:基本の食事 小・中学生選手を対象の研修で使用された資料/提供:JTTA栄養・食事ガイドシリーズ(木村典代)2009より
――早めに食べた方がいいのは、卓球という競技だからこそなのでしょうか?
飯野:どの競技でもそうですが、試合後は早めに食べた方が次の試合に向けてのリカバリーが速くなります。
その中でも特に卓球は一日の試合数が多いので、より意識的に早めに食べた方が良いと思います。
世界選手権“陰のMVP”の裏側
――国内での栄養サポートだけでなく、シニアのナショナルチームの国際大会にも帯同されていると伺いました。
飯野:実際に栄養士が行って経験したことを伝える方がより説得力があります。
ちょうど5年くらい前から海外の大会に帯同させてもらうようになりました。ジュニアの大会の帯同を経験した後、2018年(スウェーデン大会)と2019年(ブダペスト大会)の世界選手権に帯同しました。
写真:2018スウェーデン世界選手権での補食のおにぎり メッセージも添えられている/提供:飯野直美
――2018年の世界選手権では、多種類のおにぎりを補食として作って選手を支え、おにぎりは“陰のMVP”とも選手から評されていました。
飯野:シニアのトップ選手は栄養面の知識はある程度持っています。
ジュニアでは食事の選択方法や補食の取り方について現地の食環境に合わせて指導しますが、トップ選手の場合は必要に応じた食の情報提供やアドバイス、体調不良時の対応に加えて、補食の準備が私の役割でした。
補食を提供するタイミングや個数、味も飽きないようにというのをずっと考えていました。試合のスケジュールに合わせて、補食を会場に届けてホテルに戻ってまたご飯を炊いてを繰り返すという感じでした。
――大忙しですね…。食材は日本から持参するんですか?
飯野:基本的には炊飯器や衛生用品なども持っていきます。お米は10キロくらいでした。
具材は持ち込んだものに加えて全農さんが選手に提供してくださった梅干しなども使わせてもらいました。
ただ、試合間の補食以外にも夜にごはんを食べたいという要望もあり、食材もお米も最終的に足りなくなってしまいました。終盤の試合の方が大事なのでとても焦りましたね。
――どうされたんですか?
飯野:日本にいる栄養士の先生方とも連絡を取っていて、現地で調達するしかないということになりました。
偶然にもスウェーデンには、デザートに使うようなお米で日本米に近いものがありました。海外のお米は独特のにおいが出ることなどがあり、扱うのが難しいのですが、買って試し炊きをしたら全く臭くなかったので、後半は半分程度混ぜて使い、問題なさそうなので最後はそのお米のみで使いました。
具材もなくなってしまったのでスーパーでツナやケチャップを買ってきて、ケチャップ風の炊き込みにしたりなど工夫しました。
現地の食事のアドバイスまで
――現地のホテルで出るご飯についてもアドバイスされるんですか?
飯野:メニューを一通り見て、どれが主食、汁物、主菜、副菜かという伝え方をしています。
主食はこういう種類があるので組み合わせた方が良いとか、補食が準備できていない選手は朝食のパンを会場へ持って行った方が良いとか、対応法を現地の食事を見て伝えます。
写真:世界選手権ブダペスト大会会場 国際大会では会場と食事のできる場所(ホテルなど)は距離がある場合が多い/撮影:ラリーズ編集部
――2019年、世界卓球ブダペスト大会でも同様の取り組みを?
飯野:基本的には同じですが、2019年は現地でおにぎり以外にも日本食を出したいという要望がありました。
そこで現地の日本食料理店さんに協力して頂いて、こちらが考えたメニューで昼と夜のお弁当を毎日作ってもらいました。私は日本食料理店さんに毎日通って、盛り付けのお手伝いと、合間に補食のおにぎりを作りました。お弁当とおにぎりを会場に届け、また戻って次の補食と夕食の準備をするのを毎日やっていました。
写真:2019ハンガリー世界選手権では7日間にわたり、昼食・夕食を提供/提供:飯野直美
――サポート量がすごいですね。自分も海外現地取材で日本米が食べられるのは非常にありがたいですし、選手も嬉しかったと思います。
飯野:予想していた以上に選手が喜んでくれていたので、海外にいて日本の食べ慣れたお米が食べられるのは、心理的にも大きな力になるんだと思いました
写真:2019ハンガリー世界選手権で試合数が少なくなった日程後半、選手の要望も取り入れた補食/提供:飯野直美
自分でできるように栄養教育をしていくのが大事
――各選手によって食事の摂り方などでタイプがあるかと思うのですが、個別にアドバイスされるんでしょうか?
飯野:スタッフの方と連携して、選手の体重変動には気を付けています。食事量が少ないことや食べ方が気になったら声をかけたり、個別に聞かれた時にももちろんアドバイスします。
――補食の準備もサポートの1つですが他にも大事なサポートが多くありますね。
飯野:私たちはいつも帯同できるわけではないので最終的には選手が自分で自己管理できるようになることが大事、そのために自分たちがいる。
これが木村(典代)先生はじめ、私たち栄養士のチームのスタンスです。なので現地で何かをしてあげることよりも、まずは自分でできるように栄養教育をしていくのが大事だと思います。
ただ、世界選手権や五輪などの緊張感の高い大会では、私たちにできることはしてあげたいなとは思いますね。
――飯野先生らの栄養サポートがあっての日本卓球界の躍進とも言えるかもしれませんね。次はトップ選手だけでなく、全国の卓球プレーヤーへの食事面でのアドバイスを伺えればと思います。