「30点のラバー、これじゃあ使えません」ミズノ開発陣と大島祐哉、ともに歩んだ苦悩の2年間[PR] | 卓球メディア|Rallys(ラリーズ)

写真:大島祐哉(木下グループ・写真左)とミズノプロモーション担当の橋爪克弥/撮影:田口沙織

卓球インタビュー [PR] 「30点のラバー、これじゃあ使えません」ミズノ開発陣と大島祐哉、ともに歩んだ苦悩の2年間[PR]

2021.06.01

この記事を書いた人
Rallys副編集長。学生卓球を愛し、主にYouTubeでの企画を担当。京都大学卓球部OB。戦型:右シェーク裏裏

卓球専門メーカーから遅れながらも、ラバー業界に参入した総合スポーツメーカーのミズノ。

低迷が続いていた際、納得行くラバーができるまで新製品の販売をストップした。2014年12月、“反撃開始”と繰り出したGFシリーズがヒットし、ミズノのラバー事業は首の皮一枚で存続した。

迎えた2015年、ミズノは自社でのラバー開発をスタートした。そこで生まれたのが大島祐哉も使うQシリーズだ。


写真:大島祐哉が使うミズノのQ5/撮影:田口沙織

今回は、卓球用具開発担当の樋口直矢、販促・契約選手担当の橋爪克弥の声を元に、ミズノ契約選手の大島祐哉がQシリーズのラバーを使うまでの歴史を振り返る。

>>第3話はこちら ラバー事業に新規参入も売れず 卓球事業存続へミズノが決行した“イチかバチかの賭け”

「ミズノの技術力でラバー市場に挑みたい」

2005年の入社から主にテニスや卓球、バドミントンなどのラケットの生産技術と開発に関わっていた樋口は、10年目を迎えた2015年、ミズノ独自での卓球ラバーを開発したいと自ら希望した

ラケットなどと違い、卓球のラバーは製品品質の違いで軌道が目に見えて変わる。言い換えれば、技術者自身の手がけた設計が、アウトプットとして明確に分かる。その面白さに樋口は惹かれていた。


写真:卓球用具開発担当の樋口直矢/提供:ミズノ

一方で、ミズノ社内には、ミズノの代名詞でもある「野球のバット」や「ゴルフクラブ」の開発メンバーがいる。「そんな中でラケット競技の開発担当は肩身が狭いのでは」と問うと、開発者らしい答えが返ってきた。

「うーん、開発という職業柄、新しいことをやってる方が評価されやすかい側面はあるので、そこは恵まれてる部分でもあります」ものづくりの会社である。

GFシリーズは、ラバーの評価はミズノが行い、求める性能の実現を外部に委託しての開発だったが、樋口はさらに先を見ていた。

「ミズノの技術力でラバー市場に挑みたい」。

2015年、樋口はラバーの自社開発をスタートさせた。

ラバー評価の定量化に挑み、生まれたQシリーズ

初めに樋口が取り組んだのは、ラバー評価の定量化だ。

「軌道が変わる」と一言で表すのではなく、球の速度、回転量、飛び出す角度を数値化しようと試みた。選手の試打だけでは、再現性がなく、参考にする意見を間違うと軸がブレてしまう。また、同じ条件下で比較実験するためには、それぞれを数値として定量化することが重要な鍵だった。

「非常に苦労しましたね。でも、見た目で軌道が変わる面白さがあるラバーの評価をないがしろにはしたくなかった」

総合スポーツメーカーミズノ全体に根付く“より良いスポーツ品を提供したい”という精神が、樋口の背中を後押しした。他競技でも性能を数値化してきた知識とノウハウ、設備をフルに活かし、開発の軸となるラバー評価の定量化に成功した。

結果、市場シェアを多く占めるラバーの分析に成功し、目標となる数値や方向性を定めることができた。そうして開発が進んだのがミズノ初の自社開発ラバー、Qシリーズだ。


写真:大島祐哉が使うミズノのQ5/撮影:田口沙織

「これじゃあ使えません」 契約選手の大島祐哉の厳しい声

ところが、大島のQシリーズに対する反応はそっけないものだった。


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

これじゃあ使えません。引っ掛かりも飛びも。何より自分のフィーリングに合ってない」と満足は得られなかった。

「30点ぐらいのラバー、というスタートでしたね」大島は当時を懐かしそうに振り返る。


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

選手は長年培ってきた感覚で良し悪しを判断する。「自分の中で“この感覚はこれ”というフィーリングがあって、それが違ったらその用具は使えない。打った瞬間、わかります」と大島も自らの感覚に絶対の自信を持っている。


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

だが、樋口ら開発陣が求めていたのは定量的な評価だった。

「定性的な情報ではなく、『打ったときにネットを高い角度で越えている』とか『普段よりバウンドが奥についている』とかに置き換えて説明して欲しいというやりとりはよくしてました」と樋口も思い返す。

定量的な評価が欲しい開発 定性的な評価をする選手

樋口と大島の間に挟まれたのが、契約アスリートを担当する橋爪だった。橋爪は駒澤大学卓球部OBで選手畑の人間だった。度重なる苦労があったと打ち明ける。

「すでにラバー評価の定量化がなされていて、樋口さんは開発目線で論理的に数値も含めて説明していた。でも自分はすべて感覚でしか説明したことがなかった。最初は樋口さんが言ってることも理解できないし、僕が伝えたいことも表現できなかった」。

担当となった当初、樋口から橋爪には厳しい言葉も飛んだ。橋爪は当時をこう振り返る。

「違う視点で話されるので、馴染みの無い表現に最初は非常に困惑した。でも、結局良いものを作るためには、樋口さんが理解できる言葉にして表現していかないといけない。樋口さんの熱意や思いをダイレクトに浴びて、自分も使命感を持てた」。

橋爪は樋口と密にコミュニケーションを取り、共通言語を作り上げていった。「一時期、樋口さんとの通話履歴が物凄くて、夜遅くまで話し込んだ日もありました。電話の数がもう彼女かってくらいすごかった(笑)」。


写真:ミズノプロモーション担当の橋爪克弥/撮影:田口沙織

開発陣と大島祐哉、両方に向き合う橋爪の苦悩

大島によるQシリーズの試打は何十枚、何百枚と続いた。樋口、橋爪、大島による三者でのミーティングも何度も行われた。大島からも「硬度を何度上げてほしい」などの具体的なフィードバックが増えた。ラバーの質が向上している実感は3人ともにあった。


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

しかし、大島はラバーを変更しなかった。当時日本代表として、ワールドツアーで戦う中でのラバー変更は、成績、引いては選手生命にも関わってくる。なかなか踏ん切りがつかないまま時だけが過ぎていた。

橋爪はそれでも根気良く大島と真摯に向き合い続けた。ワールドツアーで負けが込んでいた時期には、試打サンプルと一緒に直筆で書いた手紙を同封したこともあった。


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

「もうちょっと。あと一声が欲しい」。橋爪から上がってくる大島のフィードバックに対し、樋口は苛立っていた。「最後の一歩と言ってから、いつ決まるんだ」。ゴールの見えない開発は、時にチームを疲弊させた。

樋口は振り返る。「私たち開発・製造サイドはある種、無責任に“どこがゴールなんだ”って橋爪に言うんです。でも彼は、常に密なコミュニケーションを取り続けてくれた。難しい期間も乗り越えて、ある時、ゴールが見えた」。

「これでいけます」 大島からの返事

すでにラバーは「これで使えなかったらどうすればいいんだ」と橋爪ですら感じるレベルにまで到達していた。残すは、ワールドクラスで誰も使っていないラバーを使う、その覚悟を大島が持てるかだけになっていた。


写真:大島祐哉の使用するラケット・ラバー/撮影:田口沙織

橋爪は思い切って大島に提案した。「思い描いたレベルをもうクリアできているのであれば試合で使ってほしい。そこからは使いながら微調整していこう」。その頃、大島と橋爪には長年のやり取りを経て、信頼関係が築かれていた。大島も橋爪のゴール設定の提案に同意した。

「これで試合に出られるかどうかジャッジしてほしい」。橋爪は祈るような思いで大島に試打サンプルを送った。

そして、大島から橋爪に一通のLINEが入った。

「これでいけます」。


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

大島はバックにQシリーズのラバーを使い、試合に出ることを決めた。

「正直震えましたね。もうたまらなかったです」。大島と毎日のように向き合ってきた橋爪には熱くこみ上げてくるものがあった。

今、オールミズノで戦う大島祐哉


写真:Tリーグサードシーズン開幕戦での大島祐哉(木下マイスター東京)/撮影:ラリーズ編集部

時は過ぎ、2020年11月17日、Tリーグ2020-2021シーズン開幕戦。大島はラケット、ラバーをオールミズノにし、コートに立っていた。

開幕戦で勝利し、全日本選手権ではベスト16とランク入り、Tリーグファイナルでは敗れはしたものの大激戦を演じ、健在ぶりを見せつけた。怪我から復帰し、フォアハンドはいつもにも増して、球が走っているようにも見えた。

大島はなぜ今、オールミズノで戦うことを選んだのか。


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

(第5話 「引退するまでオールミズノで」“新興卓球メーカー”ミズノと大島祐哉の信頼関係 に続く)

大島祐哉インタビュー


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

>第1話 「何かを捨てなきゃ無理」“努力の天才”大島祐哉、夢を夢で終わらせない目標達成の思考法

>>第2話 急成長の代償で五輪選考レース脱落 “抜け殻になった”大島祐哉が再び前を向いた理由

>>第3話 「僕にしかできない最高の形での恩返し」大島祐哉を掻き立てる“最後の目標”

特集・なぜ大島祐哉はミズノを選んだのか


写真:大島祐哉(木下グループ)/撮影:田口沙織

>>なぜ大島祐哉はミズノを選んだのか

取材:槌谷昭人(ラリーズ編集長)