卓球×インタビュー 【森薗政崇 第3回】2年前のトラウマを超えて。卓球森薗・大島ペア、「卓球の閃き」とは
2017.08.24
文:武田鼎(ラリーズ編集部)
幼少期の苦しい練習を乗り越え、史上最年少の全日本ダブルスチャンピオンになるなど一歩ずつ卓球のキャリアを積み重ねてきた森薗政崇。
その森薗が号泣したほどの敗戦がある。2015年、世界卓球選手権蘇州大会、当時、森薗は19歳でのことだ。
準々決勝で森薗・大島ペアは当時「最強」との呼び声高かった世界ランク2位の許昕(シュシン・中国)、同3位の張継科(チャンジーカ・中国)を迎えた。
個別の世界ランキングだけを比べれば森薗たちに到底勝ち目はなかった。
だが、その世界最強ペアを追い詰め、試合は最終第7ゲームまでもつれ込んだ。森薗たちは10−8でマッチポイントを握っていた。
異様な盛り上がりを見せる開場の中、無我夢中で戦っていた。だがそこから「まさかの」逆転負けを喫してしまう。
「何が起きたかわからなかったです…。試合中は興奮してる上に、どんどん試合は進む。マッチポイントをとっておきながら勝てない理由がわからなかった」。ただ負けただけではない。「何もわからないまま」に負けてしまった。
直後、憚ることなく号泣した。
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2年前のトラウマ
敗戦後に訪れたのは茫然自失の状態だった。
「あとちょっとで世界最強を倒せたはずだった。やっぱりひきずりましたね…」。
そこから森薗・大島ペアの苦悩の2年間が始まる。
試合を分析すると勝負の分かれ目が見えてきた。
「最終7ゲームじゃない。6ゲーム目にあったんです。10−8でリードしていた。そこから大島さんのサーブだった。僕が3球目攻撃で2本攻めたかった。でも1本目、逃げてバックに流したら待たれていた。次の1本、違うことをすれば良かった。でもそこで同じことをしてしまった。あそこでストップして大島さんに攻めさせれば…」。
それでも明確な敗因はわからなかった。
ただ「何か“閃き”みたいなものがなかった」という思いを抱いた。
ペアの連携や個々のスキルの問題ではないと感じていた。
肉体改造に着手
森薗と大島のペアは日本代表内でも「屈指の相性の良さ」と言われる。
シングルスでは世界ランク66位の森薗と、17位の大島がペアを組んだ途端に輝きを放つ(ランキングは2017年8月発表のITTF世界ランク)。
卓球のダブルスは交互に返球するルールだが、左利きと右利きで組むと同じ利き手同士で組むよりも有利だ。
互いが邪魔になりにくいからだ。さらに大島の豪快なフォアから繰り出されるパワードライブと、森薗の台上のテクニックは攻撃の幅を広げる。
特に森薗が得意とするのが「チキータ」だ。ラケットが下に向くほど手首を捻り、ボールを払うように放つチキータで多くの選手を打ち破ってきた。だが「研究されると勝てなくなる。最後はフィジカル勝負だと感じました」。
160cmと小柄な森薗が重点的に取り組んだのは下半身の強化だ。
卓球選手は180cm前後が理想とされている。
手足が長ければそれだけ左右に振られた時に楽に手を伸ばすことができる。
一方、あまり身長が高すぎると胸元に打ち込まれた時に小回りが効かなくなってしまう。
小柄な森薗は一歩でも早く、そして遠くに踏み出すために筋肉を大きくした。
2年前と比べても明確だ。太ももはパンパンに張っている。
利き腕だった左腕も、右腕に比べると1.5倍ほどの太さになった。パワーも身につけた。
まさかの1回戦負け。メンタルの強化
あれほど「引きずっていた」と語っていた敗戦からの立ち直り、それは意外に早かった。
蘇州大会から2カ月後の2016年1月ドイツオープン、同4月のポーランドオープンで優勝を果たした。
だが森薗たちの胸に去来したのは全く異なる思いだった。
「虚しかったんです。中国が出場していない大会で優勝しても…って思っていました」と明かす。
それどころか「毎日、強くなっているのか不安だった」と答える。
その不安が結果に現れた試合がある。
2016年のジャパンオープンでのことだ。
ここで格下のブラジルのペア相手に1回戦敗退を喫してのだ。
「チキータもキレがない。大島さんのフォアも入らない。酷かった。お互い口をきけないくらい関係は悪くなった…」と振り返る。
それでもツアーにいけばホテルは2人一部屋だ。嫌でも顔をあわせなければならない。「気まずい」と思ったことも多くあった。
“閃き”とは
「勝つために必要な“閃き”とはなにか」。森薗なりにその答えにたどり着いた。それは「勝負時に冷静でいること、そして最善手を打てること」だ。
「絶対にメダルを取ろう」と満を持して臨んだ今回の世界選手権ドイツ大会で“閃き”がプレーに表れた場面がある。
台湾の廖振珽・陳建安ペアを相手に迎えた準々決勝3ゲーム、11−10の場面だ。
この直前、森薗が廖振珽のフォアに打ったチキータは2回連続で待たれて打ち返されている。
「もっと速くポジションに入って、もっと速く手首を返して相手を撃ち抜けるって思っていたんです」。
陳建安がサーブに入る前に、右手を上げて間合いを取る。
森薗は台を見据えたまま、大島にむかってこう呟いた。
「任せてもらっていいすか」。
左手のラケットを突き出すように低く構える。
サーブが入る。
刹那、「僕のベストチキータ」と語る強烈なリターン。
相手のラケットに触れることなくコートのフォアサイドをぶち抜いた。
「これを打てた瞬間、2015年の負けは帳消しになった」という会心の一打だった。
「勝負どころで冷静になって最善手を打てました」。
自分が追求した理想と実際のプレーがシンクロした瞬間だった。
メダルを確定させた瞬間、相棒とガッチリと抱き合い、両手を突き上げた。
感情をむき出しにしてプレーする“森薗らしい”雄叫びだった。
準決勝で鄭栄植、李尚洙組(韓国)を破り、男子ペアとしては1969年のミュンヘン大会以来「48年ぶり」のメダルを確定させた。
無論、課題は残る。“快挙”とは言え、決勝では中国ペアに再び敗れ、銀メダルに終わった。
「やっぱりめちゃくちゃ悔しいです」と語るが、2年前とは異なり悲壮感はない。
「とにかく卓球力をあげていくだけです」と自信を持って語る。
やるべきことは明確だ。
心技体に磨きをかけた今だからこそ2015年の惜敗を振り返ることができるようになった。
「引きずっていい負けでした。あの時ダメだったから同じ失敗はしないって強く意識することができたから。大島さんとのペアなら世界一も狙える」と自信を見せる。
「打倒中国」の悲願はなるのか。
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写真:伊藤圭