文:ラリーズ編集部
実業団がしのぎを削る日本リーグ。2019年は東京アートが主要5タイトルのうち4つを勝ち取る快進撃を見せた。率いるのは大森隆弘監督だ。大森はいかにして東京アートを常勝軍団へ鍛え上げていったのか。そこには大森なりの指導方法があった。卓球関係者ならずとも、ビジネスシーンでも実践できる「大森メソッド」について話を聞いた。
常勝軍団を率いる監督としての立場
日本リーグに参加する実業団の中にあって、東京アートは会社の規模としては小さい。リコー(社員数:9万2663人、売上高2兆132億円)や協和キリン(同:5267人、同:3058億円)に比べると東京アートの社員数は230人、売上高は167億円だ。「だからこそ会社の中での認知も高いし、団結力も生まれている」と大森は語る。だが、それは裏返せば「勝ちを求められている」とも言える。
写真:常勝軍団・東京アート/撮影:伊藤圭
大森も「選手もそのプレッシャーはあると思う」と認める。そんな中で2019年は4つのタイトルを獲ってみせた。要因は昨年の吉村和弘・坪井勇磨の加入だ。「プレーヤーとしては力もあるので団体戦になった時に和弘だったら勝ってくれるじゃないかって、個々のプレッシャーが少し下がった」と振り返る。
写真:大森監督(東京アート)/撮影:伊藤圭
2019年こそ好調だったが、2018年は無冠に終わった。「僕が入社してから無冠だった年っていうのが2018年が初めてだったんですよ、選手時代含めて。なので自分としてはすごく悔しかったし、難しさを感じた年でした」。31歳で選手兼監督に就任し、32歳から監督に専念。大森の東京アートへの思いはひときわ強い。チーム内のベテラン・吉田海偉とはわずか3歳差だ。
写真:吉田海偉(東京アート)/撮影:伊藤圭
「彼(吉田)の場合はマイペースなので、特に口出しすることはありません。チームの選手も契約形態が違うので、何か僕から強制するようなことはないですね。メンバー全員で合宿をすることくらいですかね」。
写真:常勝軍団を率いる大森監督(写真右・東京アート)/撮影:伊藤圭
大森は監督だからといって頭ごなしに叱り、力を振りかざすようなことはしない。「監督」としての立ち位置は少し独特だ。通常の卓球の実業団で監督が練習現場に足を運ぶことは珍しい。基本的に練習は選手を束ねるキャプテンに委ねられていることが多い。だが、大森はフルタイムで練習場に顔を出す。そうすることで「些細な選手の変化を見逃さない」のだという。そこに大森なりの卓球の指導方法がある。
“気づき”を与える指導法
しばしば卓球の指導は難しいと言われる。サッカーのように組織的なチームプレーでもなければ、野球のようにポジションごとに専門家がいるわけではない。チームの形を取りながら、その実、徹底した個人種目である。さらに100m走をしながらチェスを指す、と言われているほど、体力、戦術、メンタルが物を言うスポーツで、選手の心理や精神状態によってパフォーマンスは大きく変わる。
大森が、唯一大事にしているものがある。それが「気付き」だ。「様々な“気付き”が選手を強くすると思っています」。
写真:大森監督(東京アート)/撮影:伊藤圭
例えば、フォアハンドが苦手な選手いたとする。この場合、どう指導すればいいのか。大森は「これは頭ごなしに指導しても治るものじゃない」と笑う。
なぜ指導しないのか。「選手自身が気づいて向上しようと思うことが重要で、直接指導するよりもより効果がある。だから“気付き”を促します。普通のブロックに対してフォア1本バック1本のフットワークやコース3分の2フットワークの練習を組む。ブロック側が伸ばしたり、緩急をつけたり、一定のボールに対して打っていたのを同じ練習メニューでも変化をつけさせる、などをしています」。
写真:大森監督(東京アート)/撮影:伊藤圭
そうすることで「この場合だと“重心を下げないと打てない、溜めて判断して打たなきゃいけない”と気づきが生まれます」と説明する。
「選手自身に気づいてもらうようなヒントを与えることが大切だと思っています。その結果、選手が自分で考えられるようになり、試合の中でも自分で戦術を立てたり、戦術の転換が上手くなったりしていく」。
“乗り越えた”“克服した”という手応えを掴んだ選手はそこから先にもうヒト伸びすることができる。大森の“気づき”を与える指導方針が常勝軍団・東京アートを支えている。
大森が「一番本人の気づきが多かった」と語るのが塩野真人だ。「ジャパンオープンで優勝して、世界選手権代表になった。ジャパンオープン優勝する1年ぐらい前からですかね、肉体改造をやりだして体脂肪率をだいぶ下げて、体重も落ちてっていう時期があった。あれは本人なりに気付きがあって取り組んだんだと思います。そこから結果がついてきたので分かりやすかった」。
写真:大森監督(東京アート)/撮影:伊藤圭
大森の話を聞いていると、「伸びしろは意外なところに眠っている」ことに気付かされる。ラケットを握って20年がすぎるトッププレイヤーたちも、「気付き」で大きく成長できるのだ。
今季も大森メソッドはどんな結果を残すのか。「次はもちろんグランドスラムを目指しますよ」と息巻く大森。東京アートの今後に注目だ。
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写真:東京アートメンバー/撮影:伊藤圭
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(取材:3月上旬)