アスリートにとって“引退”は避けては通れない道である。
先日、プロ野球では阿部慎之助(読売ジャイアンツ)やランディ・メッセンジャー(阪神タイガース)ら球界を代表する選手が現役引退を表明した。チームの功労者に対し、球団は引退試合やセレモニーを執り行い、最後の花道を華々しく飾った。
卓球は「生涯スポーツ」とも呼ばれるが、選手にはもちろん引退の時が訪れる。現に、卓球人気の功労者・福原愛氏やTリーグチェアマン・松下浩二氏も現役を退いている。
しかし卓球では、プロ野球のように引退する選手が主役の引退試合やセレモニーを目にすることは少ない。
>>松平健太、国際大会から引退発表 Tリーグ誕生による卓球選手の新キャリア
プロ野球では選手が主役の盛大な引退試合
例えばプロ野球では、9月27日に「ありがとう慎之助」と銘打たれた引退試合が行われた。もちろん主役は阿部慎之助だ。
すでにジャイアンツの優勝が決定しており、球団は東京ドームシーズン最終戦を阿部のための引退試合としたのだ。試合では引退を表明した阿部がホームランを放ち、自らの花道を飾った。
試合後にはセレモニーも開催された。原監督が「ジャイアンツ85年の歴史、史上最強のキャッチャーです!」と大勢のファンの前で阿部を称えた感動的なシーンは、訪れたファンの心に強く焼き付いたことだろう。
シーズンが終わるタイミングに所属チームの試合で引退する、というのはプロ野球ではごく自然な光景だ。
卓球選手は個人戦のトーナメントで引退試合
写真:全日本2019でコメントする福原愛氏/撮影:ラリーズ編集部
卓球選手の引退試合はどうだろうか。
福原愛氏は、2018年10月21日に自身のブログで現役引退を発表したため、団体銅メダルを獲得したリオ五輪が実質的な引退試合となった。
卓球界の功労者・福原氏でも、特別な引退試合やセレモニーはなかった。福原氏も「私にとってリオ五輪が最後の試合となり、引退試合などがなかったので、皆様にご挨拶する機会がありませんでした。今日このような場をいただきとても嬉しいです」と2019年全日本選手権で特別功労賞を受賞した際コメントしている。
福原さんは国際大会を主軸に活動し、晩年は国内の所属チームでの試合がなかったことも一因だろう。もしリオ五輪後に所属チームでの国内試合があれば、引退試合が実施され、ファンへ直接メッセージを贈ることもできたかもしれない
写真:2009年全日本選手権での松下浩二/撮影:アフロスポーツ
また松下浩二氏は、2009年の全日本選手権シングルス5回戦で上田仁(当時・青森山田高)に敗れ、32年の現役生活に終止符を打った。
当時松下氏は、日本リーグに加盟しているグランプリ大阪というチームに所属していた。日本リーグの主な試合は、年2回の前後期のリーグ戦だ。短期間の総当たりでリーグ戦を行い、昇降格もあるため消化試合が少ないことも日本リーグの醍醐味の1つとなっている。
そのため、松下氏に限らず今でも実業団選手の多くは、日本リーグの団体戦でなく、個人戦である1月の全日本選手権や3月の東京選手権を引退試合に選ぶ傾向にある。野球やサッカーと異なり、途中出場途中交代ができない卓球団体戦の競技性も関係しているだろう。
全日本や東京選手権は、トーナメント形式で多数の試合が同時進行するため、引退する選手だけが主役になることは難しい。さらにその選手が負けても大会自体は進行するため、ファンに直接メッセージを贈るセレモニー時間が確保されることはめったにない。
Tリーグが卓球界の引退試合を変えるか
写真:Tリーグ2ndシーズン開幕戦の様子/撮影:ラリーズ編集部
2018年秋、日本卓球界にTリーグが誕生し、トップ選手も続々とTリーグのチームに所属を決めた。
Tリーグが選手生活の基盤となれば、Tリーグのシーズンをもって引退する選手が現れるだろう。注目したいのはTリーグには「引退試合」に関する規約があることだ。
Tリーグ規約第55条には「引退試合は、選手が引退するにあたり当該選手の功績を称えることを目的として開催する」、第56条には「引退試合の開催地は、原則として当該試合の開催チームのホームタウンとする。(中略)選手1名につき1回に限り開催することができる」と記載されている。
つまり、Tリーグでは非公式試合として引退試合の開催が認められている。引退する選手のため「引退試合」を開催し、盛大に送り出すことが可能となっているのだ。
選手の引退自体はどんなときも寂しいものだ。しかし大勢のファンに囲まれ、盛大に最後の花道を飾れることは選手やファンにとっても嬉しいことだろう。
卓球界でも「チーム史上最強の選手です!」と監督に称えられ、チームメートや大勢のファンに惜しまれながらユニフォームを脱ぐ。Tリーグでは、そんな感動的なシーンが見られる日が来るかもしれない。