大阪の卓球実業団・クローバー歯科カスピッズ総監督の保田晃宏氏は、歯科医師としてスポーツ歯科の分野にも精通している。スポーツ歯科とは、歯科医療を通してアスリートが全力で競技に打ち込めるようサポートする分野のことだ。
「噛むと力が入るのは嘘なんですよ」。保田氏は、卓球ナショナルチームの選手や指導者、ジュニアに話した内容を教えてくれた。
下あごが動きやすい噛み合わせが重要
――スポーツデンティストとしての観点からもチームを支えていると伺いました。
保田晃宏氏(以下、保田):そうですね、例えばこの卯木の歯形。たった1本上の歯が中に入ってるだけ、と思うじゃないですか。でもこれはアスリートにとってはものすごくパフォーマンスを落とすんです。
歯は噛むと能力上がると思うじゃないですか。違うんですよ。下あごが動きやすい噛み合わせが重要なんです。
写真:卯木将大の歯形。前歯の隣の歯が中に入っている/撮影:ラリーズ編集部
――下あごが動きやすいと何が変わるのでしょうか?
保田:グッと歯を噛み締めたまま、上下を交互に見てみてください。すごく動かしにくいのが分かりますか?逆に口開けると全然違う。つまり、下あごがスムーズに動かないとそれだけで負荷がかかり、パフォーマンスが落ちるんですよ。
結局歯は接触しているだけ。噛むと能力は逆に落ちるんです。速筋が動きにくくなる。卓球は速筋を使うスポーツですから。
また、選手たちは打つ瞬間に顔が歪みますよね?あれは体幹の位置に合わせて、下あごでバランスをとってるんです。そのため、下あごが動きやすい噛み合わせが重要になってきます。
写真:歯を矯正中の卯木将大/撮影:ラリーズ編集部
――トップ選手の歯並びまで気にしたことはありませんでした…
保田:張継科や樊振東、張本智和選手も歯並びが綺麗です。その時点でかなり良いんですよ。
ジュニア時代に直さないといけないレベルの話なのですが、ないよりはましでしょう。卯木も今矯正して直してます。
あと、スポーツには呼吸法も大事です。
“いきみ”と“いきみ逃し”
写真:江藤慧(クローバー歯科カスピッズ)/撮影:ラリーズ編集部
――呼吸法?
保田:呼吸法には2つ種類があります。
まず松井秀喜選手のように打つ瞬間に「ウッ」と言うタイプ。卓球でも打つ時「ウン」と言う。あれをスポーツの“いきみ”と言います。逆に、台上でのストップのときのように息を吐くのは、“いきみ逃し”と言うんですよ。
――卓球の打球時に声を出すのは呼吸法の1つだったんですね。
保田:噛んだら能力落ちるよと話しましたが、全く噛まなかったら力が入らない。その時に「ウン」と声を出すと、体幹に力が入るけど末梢は柔らかいままなんです。だから選手は声を出す。
元々腕力がある、例えば江藤の場合だったらそんなに「ウン」と言わない。ジュニアのときで体が弱かったら声を出してもいい、でも力もついて打てるようになったら、声を出さないほうがコントロールが良いんです。
松井秀喜や筒香嘉智のようなパワー系は打つときいきんでますが、イチローのようなコントロールバッターはいきまない。
卓球も同じで、台上のストップやツッツキはコントロール系なので声を出さないでしょ?そこが分かってない子はウンウン言ってしまう。
トッププロはそういうのを無意識にみんな覚えて使い分けてるんですよ。
――なるほど。これまでになかった新たな観点でした。より卓球を面白く観られそうです。
写真:保田晃宏クローバー歯科カスピッズ総監督/撮影:ラリーズ編集部
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