五十嵐史弥、日本人初の卓球イタリアリーグへの道は、どう切り拓いたのだろうか。
当初希望していた日本の実業団への進路が、コロナの影響で白紙に戻ったのが2020年9月。11月の全日本学生選抜、1月の全日本卓球選手権が終わるまで、五十嵐は、一般の就職活動など様々な選択肢を考え、そして自分なりの結論にたどり着いた。
「でも、やっぱり卓球で、いけるところまでいきたい」
写真:五十嵐史弥(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人
>>五十嵐史弥、イタリアへ。「いっぱい回り道をしてきました」(前編)
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「親に心配かけるなよ」
2月下旬、五十嵐はある人物に相談した。
青森山田中学時代の恩師で、現在、ドイツ・ブンデスリーガ1部クニックスホーフェンで監督を務める板垣孝司さんだ。
「卓球を続けたくて。海外でプレーできる可能性はないでしょうか」
板垣さんからの第一声はこうだったと五十嵐は笑う。「親に心配かけるなよ」。
そして、その後とても親身になって進路の相談に乗ってくれましたと、五十嵐は感謝する。
当初、五十嵐自身は、ドイツ・ブンデスリーガでのプレーを希望していた。
しかし、長らくブンデスリーガ1部の監督を務める板垣さんからすると、世界ランキングを持っていない五十嵐が1部でプレーすることは難しく、しかし2部以下では、現在の社会状況下では労働ビザが下りない可能性が高かった。
写真:ベンチでアドバイスする板垣孝司監督(写真左)/提供:本人
及川瑞基の全日本優勝のおかげ
しかし、思いも寄らない形で運命の歯車は回り始める。
五十嵐が意を決して板垣さんに相談したちょうど同じ日、板垣さんのチームの元に一件のメールが舞い込んできた。日本選手について教えてほしい、というイタリアチーム、しかも知らない日本人からのものだった。
「及川(瑞基)のおかげです」と、板垣さんは笑って振り返る。
「及川が全日本で優勝した後だったので、この街で腕を磨いた及川の話題が、ドイツを始めヨーロッパのいろんな人の耳に入ったんでしょうね。僕のところにも立て続けに問い合わせが入ったんです。そのうちの一つが、イタリアのカラーラというチームの舘(たち)さんから届いた日本語のメールでした」
写真:及川瑞基(木下グループ)/撮影:ラリーズ編集部
人間性も
あとは五十嵐と舘さんを繋いだだけと語る板垣さんだが、五十嵐のイタリアリーグ挑戦は必ず本人のプラスになると見ている。
「カラーラというチームは去年イタリアリーグで優勝しています。ロシアのシバエフやイタリアのボボチカ、ムッティなど能力の高い選手も揃っているチームです。五十嵐の技術と実力であれば充分通用すると思いますが、まだ五十嵐は試合経験が少ない。日本代表の門が狭いため、国際大会での試合経験がどうしても少なくなるんです。だからイタリアでたくさん試合経験を積んでいけば、プロとして長く選手をしていくとき、後から頭角を現してくる可能性は充分あると僕は思っています」
選手寿命の長いヨーロッパ選手を間近で見てきた板垣さんならではの視点だ。
「あと、五十嵐の人間性もよく知ってますしね」
板垣さんと五十嵐は、実は同じ山形県長井市の出身、同郷が繋いだ海外の縁でもあった。
写真:五十嵐史弥(早稲田大学)/撮影:槌谷昭人
徹底解剖・イタリアリーグ
さて、ここからは、五十嵐参戦を機に、卓球のイタリアリーグについて基本的なことを知っておきたい。
なにせ、日本で入手できる卓球・イタリアリーグの情報はかなり少ないのだ。
今回、五十嵐史弥が加入するアプアーニア・カラーラのマネージャー、舘正明(たちまさあき)さんにオンラインで話を聞いた。
写真:イタリア、カラーラの町並み/提供:アプアーニア・カラーラ
――イタリアリーグはそもそもいつから始まったのでしょうか
舘:2001年からなので、約20年ですね。
――チームもその頃から?
舘:いえ、私たちのアプアーニア・カラーラというチームは、1968年創立で、イタリア国内では最も古い歴史を持ってます。
――リーグができるずっと前からチームがあったんですね。
舘:そうですね。カラーラは、トスカーナ地方にある、世界有数の大理石採掘で有名な小さな田舎町ですが、地元愛が強く、私たちのチームも街の誇りになれるように活動しています。
写真:カラーラは大理石採掘の町として知られる/提供:アプアーニア・カラーラ
8部まであるリーグ
――イタリアリーグは、どういう形で開催されているんでしょうか。
舘:はい。毎年10月〜5月くらいまでのシーズンで、年間10〜12試合程度行います。
昨季は10都市・10チームが参戦しましたが、今季はコロナの影響でおそらく8チームの参加となる予定です。対戦方式は、全てシングルスのチーム戦で、4点先取です。ただ、マッチ数が3-3となった場合は引き分けとなります。
――何部まであるんですか
舘:8部ですね。セリエA1,A2,B1,B2,C1,C2,D1,D2という構成です。女子もあって、うちのカラーラも女子が今季A2に昇格しました。
写真:カラーラ、昨年の優勝後に/提供:アプアーニア・カラーラ
――結構あるんですね
舘:そうですね。イタリア国内で、卓球そのものの認知度はまだまだこれからですが、至るところに卓球クラブはあって、広域スポーツとしてどの地域にも根付いているという印象です。意外と卓球する人はたくさんいるんだね、という感覚です。
また、近年、イタリアの卓球協会も本格的に男女ともに強化に力を入れ始めていて、リーグも活性化してきています。
――卓球する人はどの年代が多い印象ですか?
舘:10歳前後で始めて、中学後半か高校の最初で辞めてしまう人は多いですね。こちらは部活動ではなく個人のクラブ活動に限定されてしまうので、どうしても継続してプレーすることが難しい面はあります。好きな人は大人になっても続けて、あとはご年配の方が“長くできるスポーツだ”ということで楽しんでいますね。その意味では、体力的にも元気な“間の世代”がサッカーなどの他の競技に行ってしまう傾向はあります。
卓球人口そのものは多いんですが、話題になることは少ない。それを変えたいというのが、うちのオーナーの思いです。永遠のテーマですけどね。うちが勝っていくことで、卓球に興味を持ってもらいたい、だからこそセリエA1、A2では強い選手にプレーしてもらおうという方針です。
写真:イタリアリーグA1観客席の様子/提供:アプアーニア・カラーラ
記者とアミーゴになる
――サッカーが圧倒的に人気ですもんね…
舘:イタリアで卓球クラブナンバー1になっても、知名度が上がらない。このトスカーナ地方(国内19州のうちの一つ)の新聞2紙は毎週木曜にスポーツ特集をするんですが、うちのオーナーが記者とアミーゴ(友だち)になって、“何なら俺が書くから”って迫って、いまは毎週木曜に卓球の情報が新聞に載るというところまで来ましたけど(笑)。
写真:地元紙に掲載された紙面。色付けした箇所にボボチカ、ムッティなどの名前が読める/提供:アプアーニア・カラーラ
――カラーラは上位常連チームと聞きました
舘:ありがとうございます。セリエA1のレギュラーシーズンで5回、イタリア杯(プレーオフファイナルの位置づけ)で2回優勝しています。歴史的に、カステルゴフレッドというチームと、私たちカラーラが上位を争っていましたが、近年、シチリアのメッシーナというチームも、ジョアン・モンテイロ(ポルトガル)や、かつてイタリア国内で1位になったこともあるマルコ・レックを獲得し、この3チームがしのぎを削っている状況かと思います。
写真:カラーラの優勝を報じる地元紙/提供:アプアーニア・カラーラ
10月、ヨーロッパチャンピオンズリーグにも初参戦
――カラーラに所属する選手は?
舘:中心選手は、イタリアのボボチカ選手や、ロシアのシバエフ選手ですね。東京五輪男子シングルスで張本智和選手を破って一躍脚光を浴びた、ダルコ・ヨルジッチ(スロバキア)選手も2017-2018シーズンは、うちに在籍していました。今季、スピードと躍動感のある五十嵐選手が参戦し、私たちと一緒にたくさんの試合経験を積んでいけることを楽しみにしています。
写真:ボボチカ選手(イタリア)/提供:ittfworld
写真:シバエフ選手(ロシア)/提供:ittfworld
――10月、五十嵐選手が合流してから、ECL(ヨーロッパチャンピオンズリーグ)にも参戦すると聞きました。
舘:はい。私たちは今回初めての参加です。対戦相手も発表されていて、組み合わせを見る限り結構面白くなるんじゃないかなと楽しみにしています。
――現地での五十嵐選手の練習環境はどんな感じになりますか
舘:基本的には、他の選手も試合に合わせて遠征していくことになります。このカラーラの街にも、A2でプレーする選手が一人地元に住んでいるので、彼となら五十嵐選手も練習にはなると思います。ただ練習相手が限られてしまうので、ボボチカ選手やムッティ選手の住む街に練習に行くとか来るとか、あとは板垣先生のいるドイツに練習させてもらいに行くか、という感じです。そのあたりは来てもらってから、本人の希望を聞きながら対処しようと思っています。
写真:五十嵐史弥/撮影:槌谷昭人
舘さん、何者?
――ところで、ずっと疑問だったんですが、舘さんがイタリアの卓球チームでマネージャーになった経緯って何なんですか?
舘:元々は企業駐在でイタリアに来たことがきっかけです。もう三十年になりますね、イタリア生活の方が長くなりました(笑)。現在は、建築・インテリア業界の仕事をしています。
――ご自身も卓球を?
舘:はい、もう全然下手なんですが、最初にこの街に住んだときから、このカラーラでプレーしていました。そこでオーナーのクラウディオと知り合って。いつの間にかマネージャーをやっています(笑)。
写真:チームオーナーのクラウディオさん/提供:アプアーニア・カラーラ
――オーナーのクラウディオさんというのはどんな方ですか?
舘:イタリアでは珍しい“卓球バカ”です(笑)。今年でクラブ創立53年目になるんですが、クラウディオは、創立の頃からプレーしていました。仕事は銀行員だったんですが、勇退して、今は銀行員の頃よりさらに忙しく卓球の仕事に携わっていますね。
――他のチームのオーナーの方もそういう方が多いんですか?
舘:いや、飛び抜けてクラウディオが卓球愛が強いと思います(笑)。イタリアの卓球を良くしたいっていう情熱で、ずっと。
写真:イタリア、カラーラの街並み/提供:アプアーニア・カラーラ
取材を終えて
卓球は世界共通言語だと、よく言う。
それは台とラケットとボールがあればコミュニケーションが取れる、という気軽さを表すのと同時にもう一つ、卓球というスポーツが認知度と人気を獲得するために奔走する人たちの精神性が、不思議と世界共通だということでもあるのかもしれない。
日本のTリーグ、T.T彩たまとも契約が成立した五十嵐は、日本とイタリアでの2拠点でプレーすることになるが、このコロナ禍において、多くの困難もあるだろう。
五十嵐の欧州デビュー戦は、10月22日〜24日のザルツブルクでのヨーロッパチャンピオンズリーグになる予定だ。
フォルツァ(頑張れ)、五十嵐。
イタリアのその町には、筋金入りの“卓球バカ”がいる。
写真:五十嵐史弥/撮影:槌谷昭人
(おわり)
五十嵐史弥 独占インタビュー 前編
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